大昔はクレジットカードは18歳で個人的に作れる時代が御座いました。
自分がまだ当時 学生の頃に確か年齢的にはちょうど19歳だった時の事です。
販売価格は約100万円くらいする高級輸入時計を
何を思ったのか?1本その時のノリと反射神経で勢いで購入した記憶があります。
貯金も無ければ正直手元には自由になるような現金などありませんでした。
自分の決断でその時の感情と勢いでモノを検討しそして購入を考える!
これはこれで年齢的には確かに身分不相応だったのかも知れません。
正常な金銭感覚で言えばまだまだ背伸びしてまでカード購入として、
憧れなんかで手に入れるような時期でも年齢でも無かったのだと思われます。
自己満足の為なのか背伸びか単なる格好付けの為なのか?
明らかに周囲の人達から掛け離れた金額を超えた領域の
見掛けないような機械式腕時計としての圧倒的な存在感を自分の中で感じました。
その当時は掛け持ちでアルバイトをしながら自分流に働いて色々と稼ぎました。
愛知県東海市時代には、中華料理屋さんの出前に皿洗いにその他色々、
半田街道沿いにあるケンタッキーフライドチキンでもアルバイトをして稼ぎました。
クルマ屋さんの毎月の挿絵のアルバイトにプールの監視員に
名古屋は栄地下での喫茶店でのアルバイト!時間を組み込み資金を稼ぎました。
その当時は学費を自分で稼ぎながら親には頼らず自立した意志で頑張りました。
19歳 20歳と稼ぎ頑張れば最後は何とかなる、
というポジティブな思考回路がこうして身に付きました。
通常の同年代の方に比べればそれなりに一生懸命に頑張って、
約束を守りながら運良く切り抜けて来たなという自負は御座います。
現在進行形としての時間の流れ ING とTIME で
これぞ本当の意味でのタイミングだったのかも知れません。
自分が大昔に頑張りながら稼ぎ続け、
そうであったからと言って
他人が環境的にも考え方やプロセスを含めて同じと判断するのは、
これまた少し違うような気もします。
自分の体験から滲み出た当時の意識や考えはそれは個人的なモノであって、
主観としての気持ちであり、平均的な安心材料としての判断基準ではありません。
昔話を現代に当て嵌めて我流で理想を語るのは、
単なる独りよがりなのかも知れません!
Toshifumi Kako
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